〜世界の頂点へ駆け上がれ!元WBC/WBAミニマム級世界チャンピオン〜

ワールド チャレンジ ボクシング 高山勝成


第1回「海外挑戦への心境を語る」

 ローマン・ゴンザレス戦での激闘から、再びボクシングを続ける決意、そして何故海外挑戦となったのか、その胸中を語る。



 プロボクサー・高山勝成を追い続けているノンフィクション作家がいる。世界戦や日々のジムワークはもちろん、奄美大島や済州島でのキャンプ、あるいはプライベートな部分でも親交のある城島充氏だ。スポーツや社会問題をテーマに執筆活動を続ける城島氏に、高山選手は今の心境をどう語るのか。  このページでは、城島氏によるインタビューを随時掲載していきたい。

『やれるだけのことはやった』ローマン・ゴンザレス戦


■フィリピン・セブ島での再起戦発表の記者会見は、スポーツ紙だけでなく、一般紙も大きくとり扱っていました。報道されて改めて気持ちも盛りあがったのでは。
 高山「そうですね、日本のボクシング界を引退して新しい挑戦を始めるので、もっと反発というか、否定的な感じで受けとめられるかと思っていたのですが、新聞記者の人たちも僕の挑戦に興味を抱いていただいたようです」
 
■改めて聞きます。昨年7月のローマン・ゴンザレス戦後、どんな考えが頭をよぎったのですか?
 高山「ローマン戦のあとは、いったん燃え尽きたというか、やれるだけのことは全力を尽くしてやりきった感覚がありました。それで結果が判定負けですから、その結果を受け入れるしかないと思いました。それで、じゃあ、もう一度それまでと同じ状況で世界戦のチャンスを求めてがんばれるのかというと、僕のなかでかっと燃え上がってくるものがなかった」
 
■ローマン戦は、練習中に左眉を深くカットしてほとんどスパーリングができないまま本番を迎えました。試合も序盤は戦略どおりに近い展開でしたが、6ラウンドにその傷口をカットしてから流れが変わりました。すごい出血で左目はほとんど見えていなかったのでは?その怪我に対して悔いはなかったですか。
 高山「練習中にカットしたときから冷静でした。カットしたものは仕方がない。できることを精一杯やって万全の状態でリングにあがろうと思っていました。確かに6ラウンドに出血してからは左目がしっかりとあけられず、被弾が増えてパンチの距離感も狂いました。右目でみようと体が開き気味になったところをローマンに狙われた部分もあったと思いますが、左目の傷やスパー不足は負けた理由にはなりません。僕の力が、ローマンに及ばなかったということです」
 
■「怪物」と言われる無敗のニカラグア人王者の強打にさらされても、最後まで打ち合いました。そのタフネスと精神力に感嘆したファンは多かったようですが。
 高山「もう必死でした。試合後、あんなに頭が痛くなったりしたのは初めてです。自分で言うのもおかしいですが、ボクシングが命がけのスポーツであることを改めて認識しました。勝つことだけを考えてトレーニングしてきましたし、勝てると思って闘いました。でも、あの夜のローマンは僕よりも強かった」
 

『本気で引退を考えました』


■ローマン戦後、しばらくボクシングから離れました。このときの心境は?
 高山「さきほども言いましたが、もう一度同じ環境で再起戦や調整試合をして世界へ挑むというプロセスを自分がふめるのだろうかと考えたとき、心のなかに迷いがありました。迷いがあるまま前へ進める世界ではないので、そのまま自然とボクシングから意識が離れていったという感じです」
 
■ボクシング以外の人生を考え始めたということですか。
 高山「そうですね。同世代の友人たちもみんないろんな仕事をしてますし、僕にできることはなんだろう、って。いくつか、本気で取り組もうかと思った選択肢もあったのですが、やっぱり…」
 
■やはり、ボクシングしかなかった?
「そうです。ローマン戦後、3か月ぐらいはなにもトレーニングをしていませんでした。お世話になっている川崎保さんという人の家の駐車場にトレーニング機器が置いてあって、そこにあるベンチプレスをあげたりはしてましたが、それもボクシングへの復帰を念頭においたものではありませんでした。でも、いろんな将来を考えて、新たな目標が浮かんでは消えていくうち、じゃあ、結局、自分になにができるのか、と。改めて真っ白な状態で自分自身に向き合ったとき、やはり、ボクシングしかない、と思ったのです」
 
■でも、これまでと同じ環境ではできない、と。
 高山「そうです。僕はそれまでにエディからグリーンツダ、そして真正と、移籍を繰り返してきました。それぞれのジムにたくさんの思い出がありますし、いろんな人たちの御世話になってきました。最後になった真正ジムの人たちにも本当に御世話になったし、感謝しています。しっかりとしたお礼の言葉を山下会長をはじめ、ジムの関係者の方々に伝えないままジムに姿を見せなくなったのは僕が人間的に未熟なところだったと思います。でも、いったん外の世界で生きようとした僕は、これまでと違う形でボクシングと向きあいたかった。日本の枠を飛び越えた世界で勝負したいと思ったのです」
 
■日本ボクシングコミッショナー(JBC)に引退届を出したのには驚きました。
 高山「これまでとは違う世界…。そう考えたとき、僕は初めてWBCのチャンピオンになった21歳のときのことを思い出しました。緑色のベルトを腰に巻いたとき、もちろん、漠然とではあるのですが、メジャーといわれているそれ以外の団体、WBA,IBF,WBOのベルトも巻きたいと思ったのです。暫定ではありますが、WBAのベルトも巻きました。あと2つはJBCが公認していないので、日本を飛び出すしかない。そう思ったのです」
 
■ボクシングの世界で再び闘うとき、それ以外のモチベーションを作れなかったということですか?
 高山「そうですね。これは誤解しないでほしいのですが、僕は日本のボクシング界にすごく感謝していますが、いっぽうで理不尽というのか、こう変えたらいいのに、と思うことがいくつかあります。本当に命を削っているボクサーたちのために、この国のボクシング界、ジム経営が機能しているのかというと、疑問があるのです。でも、現状への不満がふくらんでいたというわけではなく、自分自身が新たな世界にふれたい、強くそう思ったのです。口だけで批判していてもなにも始まりませんから」
 
■その新たな世界は、かなり厳しいものになると思われますが…
 高山「もちろん、海外を拠点にするわけですから、いろんな面でのリスクを頭にいれておかないといけません。でも、どんな環境でも、2つの拳を武器に闘うことには変わりありません。僕は自分自身がもっと、ボクシングの魅力を知るためにも一歩を踏み出そうとしたのかもしれません」
 
■海外のリングで今後、どんな魅力を味わえるのか、わからない、と。
 高山「わからないから、楽しみなんです。今年の1月からセブ島のALAジムで1ヶ月近く練習してきました。違う国のボクシングに肌でふれることは刺激になりますし、ボクシングの技術、フィジカルともまだまだ伸びている実感があります。自分をボクサーとして成長させるのに、海外を拠点にするのは決して悪くない決断やったと思います。」 
 
■日本のリングでも不可解なジャッジに泣くことがありました。海外のリングではさらにその不安が大きくなるのでは。
 高山「もちろん、海外のジャッジやお客さんに評価されるために何をすべきかは考えますが、不安はありません。判定では不利なジャッジをされることも覚悟しないといけないので、倒すことを前提にしたボクシング、ファイトプランを練る必要もあるかもしれません」
 
■5月22日に決まった再起第一戦。どんな心境でセブ島のリングにあがりますか。
 高山「そのときにならないとわかりませんが、今は自分のボクシングを思い切りやろうと思っています。でも、この自分のボクシング、自分が納得できるボクシングへのアプローチが難しいのです。毎日のジムワークでもちょっとしたことで調子があがったり、さがったり、その迷いの連続です。周囲が『よかった』というスパーリングのときは集中していて、自分がどう動いたか理論的に振り返ることができないことがあります。だから、ボクシングは難しくて、面白いのかもしれません。試合直前まで自分のスタイルを固め、海外での第一歩を踏みだそうと思っています。そのスタイルがどんな形で完成していくのか。日本は離れますが、少しでも多くの人に注目してほしい。」
 
(第1回インタビュー終)
 

1966年生まれ。滋賀県高島市出身。 関西大学文学部仏文学科卒業後、産経新聞社に入社。 岡山総局を経て大阪本社社会部へ。 警察回りや行政、遊軍担当、司法キャップなどを歴任、 阪神大震災や大阪五輪招致問題などで長期連載を手がけ、小児医療連載「失われた命」でアップジョン医学記事賞を受賞、雑誌に発表した「武蔵野のローレライ」で第7回文藝春秋Numberスポーツノンフィクション新人賞を受賞。 2002年からフリーランスになり、戦前に来日し、 神様と呼ばれたフィリピン人ボクサー・ベビー・ゴステロの波瀾万丈の生涯を描いた初の書き下ろしノンフィクション「拳の漂流」(講談社)で03年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞、同年度の咲くやこの花賞(文藝部門)を受賞した。 卓球界の巨星・荻村伊智朗の生涯を卓球場の女性場主の視点から描いた「ピンポンさん」(講談社)が話題を集めている。 現在は「Number」誌などに多数のノンフィクションを発表、読売新聞の夕刊でコラム「城島充の格闘浪漫」を連載し、プロボクサー・高山勝成の取材を続けている。 故郷・琵琶湖の生態系についても取材を計画中。

2009年 11月2日発売  週刊現代 「あなたの知らない依存症」連載スタート!
       12月17日発売 児童書  「にいちゃんのランドセル」(講談社)

 ・城島充プロフィール詳細・掲載作品
 ・ブログ「城島充の物書き的日常」